■ 平成23年 年頭所感2012.12.15

人は一人で生きていくことは出来ない。しかしまた一人で生きていかなければならない

「人は一人で生きていくことは出来ない」とは良く耳にする言葉です。多くの人の支えがあって自らが今ここに居る事実は間違いないことです。この箴言はあまりにも当たり前の事を語っていますからサラーっと上滑りに理解しそうです。しかしその真意は意味深長です。文面を「多くの人々の支え」と受け止めることが一般でしょうが、人の支えだけで今があると考えるのは、ほんの一面の見解に過ぎません。自らの置かれている環境そのすべても支えであるからです。つまり天候にしたところで大きな支えであって、気温が毎日五十度を越したのでは人類が滅びてしまいます。太平洋の潮流が気候を左右し、偏西風によって大気の状況が刻一刻と変化するわけですから、「天候も支え」であるわけです。ということは地球全体に支えられている私であったということになります。つまりこの箴言は「一切に守られている私でありました」という言葉に置き換えることが出来るのです。これは大変なことです。
オリンピックで金メダルを取りその選手がインタビューされると、「皆さんのお陰です。家族やコーチそして応援して下さった人たちのお陰です。有り難うございました」といったことを語ります。こうした言葉を聞くことは気持ちの良いものです。しかしながら幸せの絶頂にあって一切に感謝することは至極当たり前のことであって、不如意の時でも感謝できるかどうかが問題です。病気になったり会社が倒産したり事故に遭ったりした時にも「一切に守られている私です」と受け止められるかどうかということです。

  私たちは朝目覚めてから夜床に就くまで、目まぐるしく動き回ります。歯を磨き顔を洗い朝食を摂り仕事に出かける。仕事では絶えず相手を意識しながら細心の注意を払って事に当たります。昼の休み時間は同僚との会話で過ごし、その後半日の仕事を終えて帰宅します。風呂に入り夕食を済ませテレビを見る、そうして十一時頃に就寝する。こうした一日の中で静かに自らを省みる時間はどれだけあることでしょう。目まぐるしく動き回るその相手は外の世界なのです。その反対の内の世界、自らを省みる世界に目を向けることはほとんど無いのです。これで定年を迎え「さて人生とは」と考え出しても、もう時已に遅く、気力・体力ともに減退の一途を辿っている現状では自らを省みる根気も萎え、ただ結論を先延ばしするだけ。そこでいざ大病に罹ってハタと行く末を案じる有様です。一流の会社に勤務し大きな実績を残した人であっても人生の末路について自ら頷ける結論を持っている人は少ないのです。
このように考えますと、人は一人で生きていくことは出来ないのですが、と同時に人は一人で生きていかなければならない、そのことを強く感じるのです。社会にあって与えられた自らの責任を果たすと同時に、一人自らの内に向かって何の為に人として生を授かったのか、死後はどこにいくのか、何が人としての正しい歩みなのか、そうした人の内にある一大事を極めることは対社会的責任と同様に大切だと思うのです。
           平成二十三年一月二日


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