■ 私と般若心経 第4話2014.12.21

        
心経
 鈴木章子さんは不治の病に冒されながら、「私はガンになったお陰で多くの気づきと人生の見直しをすることが出来ました」と語っています。その姿は神々しいばかりです。この大きな気づきが「心経」です。誤解してはいけませんが、ただ単に不安なく死を受け入れることが「心経」ではありません。
仏教では心という場合、おおかた二つの意味があります。一つは「日常生活でのこころもち・考え」の意味。もう一つは「真実」という意味です。

心こそこころ惑わす心なれ 心にこころこころ許すな

この古歌は二つの相反するこころを歌っています。仏典で心と言った場合、そのどちらを指しているかは注意が必要です。
さて、経とは縦糸のことです。織物には縦糸と横糸がありますが縦糸は経(たて)糸とも書き、横糸は緯(よこ)糸とも書きます。柱になる縦糸をまず定め、それに横糸で模様を編んでいくのが織物なのです。それと同じように、人間としての経糸とは何なのか、それを「心経」と言っているのです。ではその経糸とは具体的に何なのでしょうか。
【この世の全部は、お互いが助け合い励まし合って、お互いを育んでいる姿である】
 これが経糸です。この大きな気づきを柱としてその後、それぞれの個性に応じて人生を荘厳する、つまり飾っていくのです。これが人生であり生き甲斐であり仏教徒としての正しい歩みの方向でありましょう。「このような輝いた、何の不安もない世界があるのですよ」と語っているのが「心経」なのです。ここに至っては鈴木章子さんのように、生に対する執着もなく、死に対する不安も無いことでしょう。心経とは以上の意味ですが、五千四十余巻の経典も、心経と同じ内容を別な表現で語っているのです。


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